RANI'S BLOG🇳🇵☕️

〜ネパールに滞在していた女子大生の日常〜

ネパール滞在二ヶ月が過ぎました!③

ナマステ〜🙏🇳🇵

 

みなさんこんにちは!

ネパールに住んでみた女子大生の

らーに です!

 

 

さて、今回は

ネパール滞在二ヶ月が過ぎた

私の想いをひたすらに語る最後の記事です笑

 

お付き合いいただき本当にありがとうございます。

 

 

あ、その前に

こないだ食べた

グレープフルーツのような果物を

ヨーグルトと唐辛子で会えるおやつ

意外と美味しくて

日本でも食べようって思いました、

料理の奥は深いですね)何様だ

 

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さあ、本題へ…

 

前々回は 学び知識の大切さ

前回は 家族や文化の大切さ

 

について書かせていただきました。

 

今日は、

ネパールの現状について触れてみようと思います。

(あくまで私の見解なので情報不足な部分はあるかと思います)

 

前々回から述べているように

私は本当にネパールの人たちから

学業の大切さや

身の回りの人もの文化を大切にする

本当に素敵な習慣を学んでいます。

 

 

でも、一方で

ネパールにおける悲しいというか

これでいいのかなって思うことがあります。

 

私は、日本語学校インターンシップを行うという理由で

ネパールに三ヶ月ほど滞在することになりました、

しかし、一ヶ月たち、

ある思いが芽生えてインターンシップをやめるという決断をしました。

 

 

その想いというのが、

ネパールの若者を海外へ送ることに対し引き目を感じてしまったからです。

 

今、ネパールや他の東南アジアの国々では

急激に日本語学校が増えています。

 

日本政府も労働者受け入れを増やしたことで

さらに需要は深まり、

一部ビジネスとして日本語学校を運営し

そこにいる先生も決して日本語のスキルが高いわけではない

場合もあります。そして、学生は高い授業料を払いながら、

やっとビザを獲得し日本にいきます。

しかし、日本へ行っても

アルバイトをしなければ諸々の生活費学費を稼ぐことができません。

 

私の知り合いは、

日本にいき専門学校に通っていたが

アルバイト2時間を取られ十分に学習ができず、ビザが更新できなかったので

専門学校を卒業せず、ネパールに戻るしかなかったそうです、

 

そして、日本でもネパールでも

卒業証明がないため、

日本語学校しか働く場所がなく

今は日本語学校で働いているそうです。

 

 

ネパールには働く場所は多くあります、

というか発掘もできます。

 

インドと中国からの輸入に頼らなくても

広大なヒマラヤ山脈の麓では

農業が生きるでしょう。

 

ただ、現状として、

そう行った村の若者が

首都へ集まったり、海外へ出稼ぎに行っています。

 

 

もちろん、これが全てではないし、

中には、自国の発展のために

日本やアメリカに行き学び

ネパールに戻り仕事をしている人もいます。

 

何が言いたいかって

自国を変えるのはその国の人であるべきで、

それを同じ目線で考えられる人材が

求められてくるのではないかと思います。

し私はそういう人材でありたい。

 

 

ネパールに雇用が増えたら

上記のような問題は減るのかな、

 

って思ったり、

 

私は単純にネパールが好きだから

ネパールから離れて

海外で生活する人が増えるんじゃなくて

ネパールの発展になるような

海外での学びが目的であってほしいし、

ネパールには若者のパワーと

知識が必要だから、存分に自国でその力を発揮してほしい。

 

 

 

 

いろんな人が口を揃えて政治の話や

ネパールの将来の話をしています。

 

私もそれだけ敏感になるし、

小さくとも

こう行った現状を前向きに変えられる

アプローチができるように

ネパールの文化に寄り添い

知識を増やして行かなければなと。

 

ああああ、本当にアナザースカイだわ。

自分がまだまだ未熟だ。

 

あと一ヶ月も

いろんなことから

スポンジみたいに

吸収するぞ〜!!

だから早くなおれ〜風邪!!

 

 

三回に渡り

長々とお付き合いいただきありがとうございました、

 

 

次回からはまた

楽しい記事を書いていこうと思っていますので

 

今後とも

よろしくお願いします!!!!

 

 

 

では今日はこの辺で!

 

フェリべトゥンラ〜👋